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    フィリピン山岳民族の村へ旅と帰国凱旋ライブ
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      棚田

      明日は、久しぶりの定期公演LOGOシリーズです。
      今回はとても特別な公演になりそうです。
      お相手は山本公成さん。息子さんのハイ兄弟とは仲良くて
      演奏もしてもらったりしていますが、お父上とは以外にも初めて…
      http://d.hatena.ne.jp/dancingjun/20090307
      皆さん是非ご覧下さい!!

      実は僕らは先月フィリピンを公演旅行で一緒に旅をしてきたのです。

      それはそれは不思議な旅でした。
      日本のNGOの招きのエコキャンプという事で、僕がまだ行った事のないフィリピンの北部、
      山岳民族の所です。
      そこは正しく近くて遠い現代の秘境でした。

      道なき道を十数時間、車に揺られ、何度も土砂崩れにあいそう
      になりながらマヤオヤオという村でライブパフォーマンスをし、更に奥地のルウ゛ァガン、そ

      してカリンガ族の村に行きました。

      フィリピンには、今までご縁があって僕は全国各地を廻らせてもらいましたが、
      スペイン統治の400年以上の歴史の
      ためか伝統的な芸能や踊りには出会えませんでした。
      (招かれるのも公演するのもバレーのカンパニーやコンテンポラリーの
      カンパニーばかりでした。)

      ところがさすがにココまで奥地にくると、もうそこは
      もののけ姫の世界!村人は皆今だ沢山の精霊と暮らしています。
      (電気もガスも水道もない、当然テレビもラジオもない生活です。)

      そこは、半端でないかなりの辺境の地で…外国人は皆無、現地語のタガログ語すら
      通じない、隣村どうしで言語が違う首狩の習慣のある土地。
      未だに部族間の民族紛争が絶えない場所です。
      また世界最大規模の棚田で世界遺産に指定されている場所です。

      ここまでくれば、まだ伝統的なものは残っていてキリスト教はあるもののアミニ
      ズムのほうが圧倒的に色濃い場所でした。
      行きたいと思っても外国人はくる事は不可能な場所でした。

      ジャングルには、まだ共産武装ゲリラがいて僕ら旅の一行のセキュリティは、ガードマンか
      ら警察官へ替わり、そして、このカリンガ族の村ではついに軍隊にガードしても
      らってライブするという有様。

      そこで僕らはこれでもかという程のトラブルが続き、行く手を阻まれます…
      ジャングルの奥に行くほどに、「本気か、覚悟はあるのか…」という森の精の声が聞こえるよ

      うでした。
      kabuku mai

      旅の中で今回は単なるツアーでない事が分かってきました。
      つまり民族紛争のたえない首狩族の各部族が外国の呼びかけで戦争でなく
      平和と未来のために集まった記念すべき集会だったのです。
      (嘘みたいですが、部族間では復讐のための首狩をいまだやってるし(>_<)
      警察も裁判所も民族紛争には非介入なのです!)

      今回は未来を担う子供たちが奇跡的に私怨を乗り越え一堂にかいした。
      つまり今平和に向けての一歩を踏み出そうとしているのです。
      そこへ過去に侵略戦争を仕掛けた日本人が平和の使者として来たというトンでもない設定!

      大役…というか、現地には両親や兄弟を日本人兵士に殺された人が大勢いる…
      冷たい視線の人もいる…
      なんだか日本人の代表みたいに見られてる…

      反響は凄く、恐ろしい数の人が集まりました。
      (そら注目の的です)

      あまりに多くの事がありすぎてすべては書けないですが

      そこでの体験は平和とは一体何かという問いだったのです。
      少し書いてみます。

      土砂崩れに阻まれ、子供達もバスの中で一夜を明かすはめになったり
      車はトラブル続きでなんども壊れてしまいます。
      しまいには出演者の一チームに至っては心臓発作で途中で引き返すバンドもでるしまつ…あんんとか本番にこぎつけても
      電気のないこの地で村に一つの発電機でライブをしている僕らに
      本番中の停電やPA機材の故障が、襲います。

      そしてロウソクでのライブを余儀なくされたとき何故かマイクだけが
      復旧…一緒に行った日本の仲間たちが同時に感じた言葉、それはエコキャンプでもライブパフォーマンスでもありませんでした…そう「鎮魂」の二文字でした。森の暗闇が何千という目になって僕らの行動を凝視しているような気配を感じました。

      ここは第2次世界大戦がはじまり、最後まで山下将軍が潜伏した場所
      51万人の日本人と、100万人のフィリピン人が亡くなった場所だったのです。

      そして電化されていない彼らと生活を共にする内に山の人々の素朴で合理的な智恵と知識の数々…地球規模の視点はないにしろ、僕らが持ち込んだエコの話より、はるかに彼らの生活は森と共存し持続可能な生活をしている事を思い知らされます。そしてだんだんわかってきます…
      厳しい山の生活で首狩の習慣ですら淘汰されて残って来たものなのだと…
      強い男子の遺伝子を残し、人間だけが人口爆発しないための彼らの大いなる知恵だったという事に気づかされていきました。
      (日本の昔の姥捨てや子消しの習慣のように… )

      そんな時、僕らが日本語で歌を歌ったライブでは殆どの観客が帰ってしまうという大惨事を経験します。
      プロとしては最悪の結末…。

      僕らは心を入れ替え、山の文化をリスペクトしなおし、現地の言葉で田植え歌や童謡を必死に学びました。
      すると、次の日、その地方の知事が急遽来村する事になりもう一度ライブをしてくれないかという話に!
      …リベンジのチャンスを与えられたのです。

      気合の入った命がけのライブ…次の夜のライブは…



      …大成功!


      開場を埋め尽くす観衆が最後は踊りだし、
      一緒に彼らの民族舞踊を踊り、
      僕にも日本の踊りを教えろといわれ、
      阿波踊りのレクチャーまでして夜遅くまで盛り上がりました。

      カリンガの村を後にするころ、元知事にこの村に残って嫁をとらないか…
      とまで言っていただきました




      僕は毎朝村の「聖なる泉」で行水をしていたのですが、水道のないこの村では皆が朝水汲みに来ます。

      食器もタライのいれて頭に乗せて洗いに来ます。夜は真っ暗なので皆、朝、ここに体を洗いにきます。

      男も女も一緒です。

      隣では丸焼きにした犬をまるで魚をさばくかのように解体しています。
      みんな笑顔で周りには犬や鶏が朝からたむろしています。

      僕は滝を浴びながら昨日の光景を思い出していました…敵対する村の子ども達が友達になり、プレゼントを交換したり、高校生ぐらいになると携帯アドレスも交換してあの子が好きだとかカッコイイと話しをしています。

      子どもは素直です。

      僕は嬉しい反面、森の精霊に拒まれるかのごとく苦難に見舞われたこの旅の
      意味を考えさせられてしまいました。

      「人口爆発」「文明への憧れ」そんな言葉が頭に浮かんでは消えていきました。
      僕らはもしかしてとんでも無いことを始めさせてしまったのではないか…

      安直に首狩りが野蛮な行為だと決め付けるおろかさを反省しました。

      人口が都市に流出し、現金収入のために森が破壊され、多くの野生動物が
      森に住めなくなるとしたら…どちらが大量殺戮なのでしょう…
      人間同士が民族紛争だの敵討ちをして争うより、遥かに多くの森の命が奪われてしまいす…


      芸能は平和を作る事ができる…そう信じてきた僕はもしかしたら
      太古からの続いてきた文化に単なる西洋的な価値観をばら撒いただけだったのではないか…と…





      しかし、はたと気づいた事があります。

      苦難続きの旅でしたが後半からの順調な展開は目を見張るものがあったからです…
      もし森の精霊が僕らを拒んでいたと考えるなら後半は本気の僕らを受け入れてくれたと、とらえる事もできるではないかと…

      では何故受け入れていただけたのだろうか…

      そんな時、村の噂で聞こえてきたのが近くの村に小規模水力発電の水車をつくる計画があると…

      古代の精霊が文明を拒みつづけても地球規模の環境破壊、
      便利という価値観のため開発は止められません…森もそれをわかっているのではないか…

      だとしたら今は「文明」か「文化」かの対決ではなく、文化の集合体としての新しい文明の有り方を、創らなければいけない時代なのではないか…


      僕らは、森に受け入れてもらえたのは、期待を託されたからなのではないか…部族間交流が始まってしまい、子ども達の世代で時代が変わるのは
      もう止められません。

      僕らがご縁があってこの地に関わったのはアーティストとしての大地に対する役割をもう一度問われているのではないだろうか?

      そう考えた時、僕は今後もこの地に関わり続け、
      行なった事の責任をとるためにも行動しなければならない…
      受け入れてもらった森の精の期待に答えるためにも…

      次の100年、アートが何ができるかを実践していかねばならないと感じました。

      あの日から森の精霊がそばにいる感じがします。

      ここまでの考えに至る事ができたのは今回のツアーでエルダーとして僕らを引っ張ってくれた山本公成さんのおかげであり、
      その公成さんが帰国初ライブをご一緒してくださる事に本当に感謝と責任を
      感じます!

      kousei yamamoto

      明日僕らのパフォーマンスをご覧になられる皆さんと僕は色んなお話がしたいです!

      只今断食4日目、明日は気合をいれて頑張ります!
      | パフォーマンス | 16:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
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