一筋縄ではいかない天然芸術での国際貢献!
僕は、ここ数年フィリピンの山岳地方に関わって来た。
それは彼らの中に日本人と共通する身体技法、島国の身体が残っているからだ。
僕がそれを学ぶお礼として、そこで「天然芸術」を実践する事で
美しく生きる具体例を提案するのだ。
最初は現地 NGOの植林を手伝いにいっていた…、
しかし次の年、その場所をもう一度見てみたいと
訪ねてみると…
全てが焼け野原になっていた。
なんと木を植えた村人達が自らの手で燃やしてしまったという。
現地の少数民族には「自然」という単語が存在しないほど
ナチュラルな生活をしている。
彼らが木を植えるのは単に、NGOからの日当がもらえるからだったのだ!
「すいません、なぜだか燃えてしまいました。もう一度植えるので日当ください…」
そんな感じだ!
彼らに今の地球にとっての森の意味合いを知らせずして木を植えてもしかたない…
僕らはアグロフォレストリーという手法で、
貨幣価値の急速に広まる北ルソンの山岳地帯で
コーヒーの苗木を
共に混在させて植えるという手法を取る事にした。
コーヒーの木は日陰で育つ、森は天然の屋根となって苗木を育て、
5年後には、
手摘みのオーガニックコーヒーが手に入るというわけだ。
しかしこのアグロフォレストリー問題もある。
5年後、ビジネスどころか、
現金の使い方などもよく判らない人達に
豆の販売卸、営業などできる可能性は限りなく少ない!
中国雲南省などでは、この点で失敗し、コーヒーの森は単なるジャングルに戻り、
農薬を推奨する野菜買い取り企業のパワーが押し流せてきているらしい。
又、焼き畑の危機にさらされているという話も聞いた。
僕ら天人グループは、幸いカフェの集合体であり、
食えないアーティストが多様な表現の場所を維持しているので買い取りができる。
余るほどできれば、フェアトレードの販売を始めれば良い。
やはり最初から最後まで面倒を見て循環する所までやらないと
真の国際貢献にはならないのではないかと考えた。
この地の豆はアラビカ種の原種、スペイン人が350年前に自分たちが
持ちこんで飲むために植え、
今は野生化したものだ…
つまり希少価値がある…
しかし、この地の人々は元来首狩りの習慣がある「首狩り族」、
さらには今ではこのジャングルには共産ゲリラが入り込み、
未だ隠れ住む場所、なかなか入り込む事はできない。
その代わり、僕らの祖先の生き方がまだ残っている、
まさしく「天然芸術」の宝庫でもあったのだ。
僕はこの森での生活すべてが学びだった。
●「天然芸術」と危険は隣り合わせ?
その厳しすぎる地形と歴史のせいで、
第2次世界大戦の慰霊が済んでいない深い森があった。
北ルソンイフガオ州ハパオ村。
村人は昔ながらの生活をし、
巨大な渓谷その殆どすべてが棚田になっているという圧巻の場所だ。
僕らがこの地方で活動するのに、まずやらねばならないのは
アート(EART)による慰霊祭だった。
まずは、御免なさいから始めよう…というわけだ。
コンセプトは「日本兵に対するだけの慰霊の時代は終わった」である。
この地で亡くなった日本兵は51万人、
日米の戦争に巻き込まれたフィリピンの人が100万人以上。
その地で死んでしまった。動植物も含め亡くなったすべての命の重みは同じ…なのだ。
本当の御免なさい慰霊は全ての不条理の死に対して行われるべきなのではないだろうか?
そういう意味では、本格的な慰霊はこれから始まる…といえる。

棚田の中で深い渓谷を見渡し音楽と傾舞で祈りを捧げる…観客はいない…しいていうなら、
亡霊と精霊がお客さん…。
僕らはリアルな「御免なさい」の形として少数民族の人の幸せな未来と、
地球環境の未来に明るい貢献ができる美しいこれからの生き方の提案こそ、
本当の鎮魂と慰霊…そのスタートには戦争を知らない芸術家の僕としては、
どうしても通過儀礼としての祭をし過去と繋がる事が必要だったのだ…
なぜなら命は繋がる事で報われるからだ…
この困難なイベントは、現地で長年活躍し信用のある
CGNの反町まりこさんの
協力がなくしては
決して実現する事はできなかっただろう。
反町さん本当にありがとう!
僕らがこの慰霊未踏の地で「天然芸術」の手法を使った慰霊の物語は
前回のブログをお読みいただくとして…
(すいません現時点で多くのブログ記事が忙しさにかまけて下書き状態です…
いましばらくお待ちください。)
最初は遠巻きに見ていた現地の人と少しずつ交流しながら、
無事「天然芸術慰霊祭」は終わり、天人コーヒー事業の記念植樹も無事終わった…。
そして日本とフィリピンを繋ぐ大きな可能性をお土産にもって帰る事ができた。
非木材パルプである稲藁から作った「手漉き和紙」から
フェアトレード商品を作るというアイデアだ。

(僕らは日本の和紙漉き技術を伝え、村の子供達と凧揚げイベントを行った)
夢膨らむその時…事件は起こった
●本当にあるのか…「遺骨収集ビジネス」
僕らの活動の先駆者としてこの北ルソンに入り、
30年に渡って慰霊の旅を続けて来られた亀井さん、
彼は、もうそろそろこの長い過酷な旅の終わりを予感していた。
そんなある時、日本のある慰霊団体が集団で山に入り、
探しても探しても、もう殆ど見つからない北ルソン地方で、
毎回の調査で何百体もの遺骨を発見、功績をあげているというのだ、…
現地の新聞は大騒ぎ、日本でもその事は紹介された。
亀井さんから、いまさら、そんなに出てくるはずがないと疑問の声も聞いてきた。
遺骨発見の経緯や、状態の不明瞭さに問題が指摘されてはいたが、
ついに、その代表がマニラ警察に逮捕された。
フィリピン人の遺骨や動物の骨をまぜ、
フィリピン人に現金で墓を暴かせていたという事がわかったのだ。
日本政府は慰霊のために遺体一体の発見ごと賞金をだしていた…
そのお金目当ての遺骨ビジネスが本当にまかり通っていたのだった。
自費で何の見返りもなく長年、慰霊の旅を続けていた亀井さんが
築き上げた人間関係は壊された。
「やはり日本人は信用できない…」
ご高齢になった亀井さんが、もう慰霊を終わろうとされていた時、
僕らが違う形で受け継いで新しい日比の関係を
始めようとしていた活動を始めた矢先…
僕らのショックも半端なものではなかった。
●商社でも入れないそれなりの理由
そして事態はさらに最悪な結果に至る。
祖先の墓を暴かれた墓守の方が責任を取ってボロー(少数民族特有のナタ)で
喉を切って自殺してしまった。
それが僕らが慰霊を行っていたあのハパオ村の人だったのだ!
僕らをCGNを通して繋いでくれた友人のロエルは、このハパオ村の出身だったため、
日本人の手先とされてしまった。
「日本人を連れてきたロエルのせいで祖先が汚された…!」
殺される事を恐れたロエルは家族と共に北にあるカリンガ族の村に
逃げなければならなくなってしまった。
カリンガはこの北ルソンでも最も好戦的な部族で慰霊未踏の地。
イフガオのハパオ村の人々もおいそれとは入れない。
(外部のものがこの北ルソン地方に入るには、まだ、一般的には、
その族長であるバランガイキャプテンという村長さんに当たる人の家に
まず挨拶にいき訪問の目的を伝え許しをえなけらばならない。
ふらっと旅行や観光はありえない土地なのだ…)
そして現地で活動していた反町まり子さん率いるCGNも日系NGOだったため、
現地の全ての事業を撤退する事を余儀なくされたのだ。
なんという事だろう、当然現地の協力なしに僕ら天人グループが
現地で活動できるはずもない…
そして個人的にも親しいロエルに対し
言葉にならない感情が溢れて来た…。
「僕らのせいだ…僕らは彼の人生を変えてしまった…」
実は、僕らが棚田の中で慰霊祭を行っている、
そのまさしく本番最中、実は大変な危機が迫っていた。
親族を日本兵に殺された一部の人々が僕らを追い出そうと、
ライフルを準備し、本番最中に襲撃を計画していたのだ。
それを察知した友人ロメルは、その家を一軒一軒まわり、
「あの日本人達はいい人だから」
と家々をお酒を廻ってまわり、酒を振る舞って、
イベントが終わるまで憤り収まらない
彼らを押さえてくれていたのだ。
彼は僕らがイベントが終わった後、夜中1時すぎまで、村人を説得にまわり、
酔っぱらいながら、僕らを守っていてくれたのだった。
「村の未来の事を考え、恨みを忘れ、外の世界と繋がろう!」と
彼の懸命の説得が無ければ、僕らは今生きていなかったかもしれない…。
最悪のシナリオは最悪を呼ぶ事は簡単だった、
それは坂を転げ落ちるようなものだった。
築き上げた信頼は一瞬で壊れる、日本なら理論的な話をしたり、
事情を説明したりも可能だったろう。
しかし彼らに理論的な話は、もう通用しなかった。
今ハパオ村に行けば命の保障はない、どんな日本人でも…
僕はこのプロジェクトのために、この数年を費やして来た訳だが、
すべてが白紙になってしまった。
今は、特にロエルの事が心配だ。
共通の友人からの情報だと、誰に聞かれているかわからないので、電話もできない、
外出もしづらいという…
深い深い悲しみに沈んだ…
しかし、落ち込んではいられない…
僕は現地の情報を集め、今後の道標を示さねばならない…
消費するARTから、地球のためのEART(天然芸術)を歩み続けるために…
それが僕ら天人グループに集まる心ある仲間が信じている
新しい地球での暮らし方の模索でもあるのだから…
ちょうど、もう一つの別のプロジェクトがあった。
山岳少数民族の高校生達と環境演劇のミュージカルを作るという
CGNのプロジェクトがあり
僕は2年前から関わっている。
彼らがプロジェクトの最終成果として、ジャパンツアーを企画しており、
僕はその国内ツアーに同行する予定だった。
そうだ! 丁度今、子供達はバギオシティで合宿をしているはず…
彼らを迎えに行くという名目で…フィリピンに入ろう…
いてもたってもいられず僕は即、飛行機に乗った…。